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名古屋地方裁判所 昭和50年(む)293号 決定

主文

原決定はこれを取消す。

理由

一本件準抗告の申立の趣旨及び理由は、別紙「忌避申立に対する却下決定に対する準抗告の申立」と題する書面記載のとおりである。

二当裁判所の判断

(一)  本件本案記録並びに当裁判所の事実調べの結果によると、つぎの事実が認められる。すなわち、被告人は、「愛知県春日井市所在の高蔵寺郵便局に勤務し郵便物の配達作業に従事していたものであるが、正当な理由がないのに、昭和五〇年一月一六日午後三時五〇分ころ、春日井市木附町地内高座山東側中腹において、配達を命ぜられた指宿市十町六三番地の一大茂セツ子差出し、春日井市白山町一八五六番地の一〇中央台団地二一四棟三〇二号久保勝男宛の第一種郵便物一通ほか七八六通の普通通常郵便物を付近の草むらに隠匿し、前記同月一七日午後三時五〇分ころ、前記同所において、配達を命ぜられた和歌山市大泉寺五番地坂口方佐々木志郎差出し、春日井市白山町一八五五番地の八藤山台団地一二〇棟二〇三号山田誠三宛の第二種郵便物一通ほか三四二通の普通通常郵便物を付近の草むらに隠匿した。」という郵便法違反の事実について、同年三月六日春日井簡易裁判所に略式命令の請求をされたものであるところ、同裁判所裁判官長谷川芳市は、同月一五日、右略式命令請求を不相当であるとして、通常の規定に従つて審判することとしたこと、同年四月八日の第一回公判期日においては、人定質問、起訴状朗読等の手続の後被告人、弁護人から、本件各公訴事実はそのとおり間違いない旨の意見が陳述され、引続き、検察官請求にかかる書証全部が同意書証として取調べられ、さらに職権により被告人質問が行なわれたこと、ところが、同裁判官は、右質問終了後、かねて第一回公判期日以前に、「事実の認定並びに法令の適用につき本件事案の真相究明をするため必要がある」として、春日井市選挙管理委員会から任意に提出を受けていた証拠(「愛知県知事選挙のお知らせ」等と題する春日井市選挙管理委員会委員長名義の郵便物一通。なお、右は、被告人が隠匿したとされる多数の郵便物のうちの一部と同文のものと推定される。)を職権により証拠調べしようとしたため、弁護人から、右手続は、「起訴状一本主義に違反し、裁判官は本件について予断を抱いている。」として、忌避の申立がなされたこと、そして、同裁判官は右申立に対し、簡易却下決定をなしたこと、以上の事実が認められる。

(二) ところで、長谷川裁判官が、第一回公判期日以前に、前記のように、事件と関連があると認められる右認定のような証拠を選挙管理委員会から取寄せた真意が、奈辺にあたのかは、未だ必ずしも明らかではないが、右のような措置は、いずれにしても、刑訴法二五六条の明定する起訴状一本主義の精神に違背する異例の措置であつて、弁護人が、かかる書類を公判廷で突如職権により証拠調べしようとした同裁判官の態度に驚き、同裁判官が、事件につき不当な予断を抱いているのではないかと考えたことは、ある程度もつともなことといわなければならない。また、弁護人は、前認定のとおり、第一回公判期日の審理に全面的に協力しており、審理の不当な引延しを企図したというような形跡のごときは全く見当らない。右のような本件忌避申立に至る経緯、右申立の理由並びに本件公判の審理における弁護人の態度等諸般の事情に照らして考察すると、本件忌避の申立については、それが最終的に理由のあるものであるかどうかはしばらく措くとしても、少なくとも、これを「訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな」ものであると即断することはとうてい許されず、また、これをもつて刑訴法二四条一項後段にいう不適法な申立であると目することもできない。従つて、右申立に対しては、忌避された裁判官において直接これを却下するという措置にでることはとうてい許されず、同法二三条二項にのつとり、管轄地方裁判所である名古屋地方裁判所が合議体で決定すべきものであるから、原決定は、右の意味において、その手続を誤つたものといわなければならない。

(三)  よつて、本件準抗告はその理由があるから、刑訴法四三二条、四二六条二項により、原決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。

(服部正明 木谷明 雨宮則夫)

〈別紙〉 忌避申立に対する却下決定に対する準抗告の申立

申立の趣旨

昭和五〇年四月八日原裁判所のなした裁判官忌避の申立に対する却下決定を取消し裁判官を本件職務の執行から除斥する。

申立の理由

一、被告人は、昭和五〇年三月六日頭書被告事件につき起訴され、第一回公判期日は、同年四月八日午後一時に開廷された。

二、右期日において、人定質問、起訴状朗読のあと、書証についての同意不同意の弁護人の陳述がなされたあと、各証証(検察官提出のもの)の証拠調がなされた。

三、次いで、弁護人は情状関係について在廷証人原田三千代(被告人の母)の証人調を口頭にて求めたところ、裁判官は、直ちに被告人尋問を職権によりなし、次いで弁護人は被告人に対し補そく的に質問をなし、殆んど被告人に対する尋問は終了するばかりとなつた。

四、その際、裁判官は、春日井市選挙管理委員会の空の封筒を取りだし、「これは適宜、選挙管理委員会に連絡し、任意に提出をうけたものであるが、これ(封筒)について証拠調をしたいが弁護人の意見をききたい旨申された。

五、右封筒は、その形態からして、被告人の起訴状記載の公訴事実中、被告人が二回にわたり隠とくした普通通常郵便物の内に含まれる封書と同一のものと推定された。

六、そこで弁護人は、裁判官において何故、如何なる経路で右封書を手に入れられたか尋ねたところ、裁判官自ら春日井市選挙管理委員会へ架電し、右選挙管理委員会に任意提出を求め、提出されたものである旨説明があつた。

七、しかしながら、右は現行刑事訴訟法の起訴状一本主義、予断排除の原則に違背する行為であり、かかる事件につき予断をもつた裁判官により右事件の審理がなされることは、まさに刑事訴訟法第一項に「裁判官が職務の執行から除斥されるべきとき、(同法二〇条七号)又は不公平な裁判をするおそれがあるときに該当するので、弁護人は証拠調については異議を述べ、同時に忌避の申立をなした。

八、これに対し裁判官は、同法第二四条第一項の理由、すなわち右忌避の申立は、訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとして簡易却下手続により右申立を却下した。

九、しかしながら本件忌避の申立は前記のとおり充分理由がありしかもこの申立のため訴訟手続が遅延することはない。元来弁護人は本件の如き事案については訴訟経済上早期判決を望み、第一回公判期日に情状証人を在廷させかつ、事前に書証(検察官提出)については同意、不同意の意見を検察官に連絡する等、準備をつくし、結審予定であつたのであり、何ら根拠なくして忌避等の申立をなし、不当に訴訟の引延しをはかる意図は手頭なかつたのである。とすれば、本件忌避の申立に対する決定は法第二三条二項により名古屋地方裁判所が合議体で決定すべきものである。

十、しかるに裁判官は、法第二四条一項を適用し、右申立を却下したが、何故に本申立が、訴訟を遅延させる目的のみでなされた場合に該当するのか、全く根拠は薄弱である。

十一、なお訴訟の進行にてらしてみるに裁判官が前記選挙管理委員会の封筒を便宜取寄せたのは、本件事件が郵便法第七七条但書に該当するから地方裁判所へ移さるべき事案であると考慮し、その資料とするためであつたことがうかがえる。とすれば、右の裁判官の所為は起訴状朗読前にすでに予断をもつて公判にのぞんだものとみるべきであり、本件忌避の申立は、法第二一条一項後段にあたり理由がある。

十二、したがつて、手続的にも内容においても違法になされた本件忌避の申立に対する却下決定は取消るべきである。

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